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瞑想の起源と歴史

瞑想とは、けっして消えることのない喜び(至福)を、自己のうちに見出だすための手段として、ヨガやアーユルヴェーダ、またその宗教的な基盤であるヒンズー教・仏教などで修練されてきた「幸福のレシピ」、のようなものです。


いつのころからこんなことがおこなわれるようになったのだろうと思って調べてみると、歴史的な資料としてもっとも古いのが、モヘンジョダロの遺跡から発見された印章のなかにあります。

この印章は、モヘンジョダロの商人たちが取引の証拠として、日本の印鑑のようなかんじで使っていたもので、いろいろな図柄があるのですが、そのなかに人が坐って瞑想しているような図柄が見つかっています。

そして、これがいまのところもっとも古い瞑想の起源をしめす資料だといわれています。


モヘンジョダロはハラッパーとともにインダス文明の中心都市であり、いまから約5000年前、紀元前3000から2500年にかけて繁栄した街です。

まだ解明されていないことがたくさんあって、いろいろと謎の多い文明ですが、あるとき高度な知識をもって忽然とあらわれ、あるときまた忽然とどこかへ消えてしまった文明だともいわれています。

それにしても、瞑想はいまから約5000年前にもうおこなわれていたわけです。


約3500年前にいまのトルキメスタンのあたりからインドに移動してきたアーリア人たちは、このようなインダス文明の果実を継承しながら、サンスクリット文字を創造し、ヒンズー文化を創りあげていったのでしょう。

いまから約2500年前(紀元前500年)にブッダは、アナパナサティというヨガの瞑想法を実習して光明を得たといわれてます。

そのころには、すでに多くの修行者たちと多くの宗派が存在していました。

ブッダはそのなかのひとりであり、ヒンズー教の人たちにとっては、ブッダは仏教の始祖というより、ヒンズー教の偉大な聖者たちのひとりだと認識されているようです。


ブッダという言葉は「叡智を得た人、悟りを得た人」という意味で、これは名前ではありません。彼の名前はシッダルタです。

ブッダのころには、すでにいくつかのウパニシャッドが書かれていますから、瞑想の技法は多々あれ、ヒンズー教という宗教体系が大きなうねりとしてできあがりつつあったことがわかります。



また、このころにはジャイナ教の始祖であるマハビーラも存在していますが、ふたりが実際に出会ったという記録は残されていないようです。

そして、いまから約1500年前に、パタンジャリが出てきてヨガ・スートラを編纂して、ヨガの基本的な体系ができあがりました。


ブッダの教えは多くの弟子たちによって継承され、アジアの国々に広まっていきましたが、そのなかでもマハカッシャパによって継承された「教外別伝、不立文字」といわれる教えが禅の起源で、ブッダから数えて第28祖であるボーディダルマ(達磨)がインドから中国へ伝え、老子の教え(道教)と深く融合して中国禅となりました。




日本には、鎌倉時代に栄西や道元たちによって中国(宋)をとおして、禅(瞑想)が伝わりました。

道元は「ただ眼横鼻直(目は横に鼻は縦についている)を知っただけである」と言って、お経もなにも持たず、身一つで中国から帰ってきたそうです。

これが日本の禅のはじまりです。

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